一日一歩成長する

祖父が亡くなる前後で体験した不思議な話

 
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米国認定NLPプラクティショナー・元靴職人 10代の頃から憧れていた夢の職場で働くも、2年目で鬱を発症。 心理学を学びながら行動していくうちに自力で克服し、今では他にメンタル改善につながる方法はないか調べながら自分で検証しています。 現在では資格を取得してカウンセリングも行っています。 趣味は読書で月に5~10冊です。 サッカーとラーメンが大好き!

これは作り話でも何でもありません。

わたしはスピリチュアル系は信じないたちですが、体験したことなので、ここに書き残しておこうと思います。

別に信じられなくても構いません。

大切な祖父との思い出をここに残します。

前置きはかなり長いです。

夢に出てくる祖父

亡くなる二日前の夢

自分自身、直視で霊を見たことがありますので、オカルトを信じざるを得なくなってしまったわけなんですが(この話もまた別で)、亡くなる二日前に夢にでてきました。

あの光景は今でも鮮明に覚えています。

祖父は入院してからは胃ろうをするほど身体が衰退して、最期の方ははっきりとした声を出せなくなっていました。

文字盤を使って人に言葉を伝えるような状態でした。

夢の中で私は暗い病院の中にいて、ドアを開いたその先に、寝転んでいる祖父がいました。

すこし赤っぽい照明(きっと避難ベル)に照らされている祖父が目の前にいました。

私は何事もないかのように「じいちゃん、大丈夫かー?」って投げかけます。

すると祖父は「大丈夫ちゃうわ!」そう大きな声で私に訴えてきました。

心の中では(え、そうなん。大丈夫ちゃうの?)

なんて思いながら目が覚めました。

警告だったのかもしれない

今思えば警告だったのかもしれません。

当時の私は高校二年生で、少し反抗期でした。

いつからか忘れましたが、わたしは祖父から嫌われていると思っていました。

だからお見舞いに行っても「近くのダイエー行ってこい。」

そう言って、せっかく見舞いに来たのに門前払いする祖父に少し嫌気を指していました。

頑固な性格は私も似たところがありますから、口数は少ないにしろ、私はむっとしてダイエーに行って買い物をしたりしていました。

そもそもお見舞いすら行く気がなかったものでしたから、心の中では(もういいや。帰ろ)そう思っていました。

別に祖父が死んだところで悲しみもしないだろうと高を括っていました。

そんな中で夢に出てきたものですから、さすがに見舞いに行った方がいいかなって思わせられました。

大事なことを言えなかった後悔

祖父は2月20日深夜2時48分にあの世へ旅立ちました。

ずっと辛そうにしていたのに、亡くなった直後のあの幸せそうな表情は今でも記憶に鮮明に残っています。

そしてこの日私は今後一生なくならないであろう失敗をします。

それは感謝の言葉を一度も祖父に言うことなく、お別れをしてしまったことです。

反抗期だった私にとって、家族が周りにいる中で感謝の言葉を言うのは恥ずかしいなんて、バカみたいなことを思っていたわけです。

後悔したのは亡くなった直後でした。

10分くらい大粒の涙が止まりませんでした。

  • 二人で手を繋いで歩いた道
  • 初めて自転車に乗れた時に支えてくれた時
  • ちかくのおもちゃ屋さんに言ったら毎回言う「まいど」
  • 得意げに「髪を切ってやる」と言ってぱっつんにされてギャン泣きしたとき
  • ポンジャンにいやいやながらも付き合ってくれた祖父
  • 電話でいつも言ってくる「はいはい」
  • 別れ際にいつもする握手の感触
  • 入院する少し前のアパートで撮った写真
  • 最期の息を引き取る瞬間

いろんなものが頭に蘇ってきて、もう一緒に話すことも触れ合うこともできないのだと、初めて人が亡くなる瞬間を体験して、涙が止まりませんでした。

だいぶん前置きは長くなりましたが、ここからが不思議な体験です。

夢に出てくる祖父

四十九日の最後にでてきた祖父

ここから、事あるごとに祖父は夢にでてきました。

亡くなる二日前とは打って変わって、今度は元気そうな祖父が目の前にいました。

特に話しかけるわけでもなく、無言です。

どんな夢だったか覚えていませんが、夢に出てきたと母に言ったのは覚えています。

母なら覚えているかもしれませんが。

初盆にもでてきた

初盆にもでてきました。

今度はアパートの中だったと思います。

美味しそうに三食団子を食べていました。

就職が決まった1週間後にでてきた

こんどは亡くなった約3年後の、私がずっと夢見てきた会社に就職が決まった翌週のことです。

久々に祖父が夢に出てきました。

今度はわたしの実家の前まで来てくれていました。

「じいちゃん!俺やったよ!就職決まった!」

祖父に抱き着きそう伝えました。反応はありませんし、抱き返されることはありませんでしたが、寝起きの頬には涙がつたっていたのを覚えています。

そうして、私が覚えている中では計3回、亡くなった後で出会うことができました。

毎回起きた時涙が出てくるのが不思議な感じでした。

そして朝食を摂るときに母にその出来事を話します。

「今日夢にじいちゃん出てきたわ。」

そう言うと母は少しうれしそうにしていました。

就職が決まってからというもの、夢には出てきていません。

もしかしたら、ずっと心配してくれていたのかな?って思うんです。

なんだかんだでたくさん愛情をもらっていましたから。

祖父とわたしの関係

私には祖父が3人います。

一人は私が生まれる前に亡くなっていた父方の祖父。

もう一人は母方の祖父。

今回はこの母方の祖父です。

ちなみにもう一人は血のつながりはかなり遠いのですが、幼いころからずっとお世話になっていた、ちかくに住んでいるおじいちゃんです。

このおじいちゃんの話はいつかまたその日が来たら書きます。

母方の祖父なので、会いに行くのはイベントが歩き方時がほとんどでした。

年に数回ですが、会いに行くたびに嬉しそうにした表情をしていたのをよく覚えています。

頑固で口数の少ない性格

祖父は元大工さんで、 お墓にある立派な木造など、いろんなものを建築していました。

よく言う口癖は

  • はいはい
  • おおきに
  • まいど

大阪の人なので、昔懐かしい関西弁をよく話していました。

愛情を沢山注いでくれましたが、あまり話さない性格でした。

そんな性格は似ているかもしれません。

亡くなった後に知ったこと

祖父が亡くなるそのころ、私はずっと祖父から嫌われていると思っていました。

何故か覚えていませんが、なにかの拍子で会いに行くことをやめたような記憶があります。

祖父が亡くなって、祖父が住んでいたアパートに行って、祖母と会話していました。

そしてその時にいろんなことを聞きました。

  • 初孫が長男で喜んだこと
  • 色んなことで心配していたこと
  • なにかにつけて私の名前が会話にでてきたこと

ほとんど話さない祖父でしたから、祖母からこの話を聞いときはまた泣きそうになりました。

祖父の家で初めて聴いたモノクローム~気付けなかったdevotion~はかなり印象に残っています。

いろんなシーンが重なって、またボロボロ泣きました。

後日談

最近私はNLPマスタープラクティショナーに通っているのですが、そこには私より”見える”人がいました。

その人にこんなことを言われたんです。

「あなたの背後霊はおじいちゃんですね。」

正直自分でもそう思っていました。

事あるごとに母にも「俺にはじいちゃんがついてるから!」っていっていましたから(笑)

夢にでてきたこともそうですが、なんとなく見守ってくれている気がするんです。

正直これは気持ちの問題かもしれないって思っていたのに、祖父が亡くなって約9年が経った最近このことを言われたものですから、正直嬉しかったです。

それと同時にまた心強くなりました。

じいちゃんにステキな景色見せてやらないといけませんし!ね!

おわりに

すべてウソのような本当の話です。

この世の中にはまだ解明されていないたくさんのことがあります。

私はデータや科学的根拠を信じたい人ですが、体験したことがすべてだとも思っています。

あなたももしかしたら、大切な人が夢に現れるかもしれませんね。

以上、実体験のお話でした。

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米国認定NLPプラクティショナー・元靴職人 10代の頃から憧れていた夢の職場で働くも、2年目で鬱を発症。 心理学を学びながら行動していくうちに自力で克服し、今では他にメンタル改善につながる方法はないか調べながら自分で検証しています。 現在では資格を取得してカウンセリングも行っています。 趣味は読書で月に5~10冊です。 サッカーとラーメンが大好き!

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